復興支援ボランティア

(2017年07月23日)

全国連現地災害対策部の呼びかけで、7月16日と17日の2日間、朝倉市杷木町の林田地区で復興支援ボランティア活動が実施されました。
 新聞、テレビでは、多くのボランティアが被災地に駆けつけていると報道されていますが、今回の甚大な被害の復興には、まだまだ圧倒的に人手が足りていません。また、そもそもボランティア支援の受け入れには、事前の登録が必要ですが、その手続きさえ知らない、知っていてもその余裕がない被災者が多く、特に部落にはほとんど支援のボランティアは入っていないのが現状です。
 今回の全国連現地災害対策部の呼びかけに、「困ったときは部落民同士。組織をのり超え、こうした被災の時こそ助け合おう」と二日間で述べ20名の県下の部落の兄弟や労働者がボランティア活動に駆けつけてくれました。また、参加者は、身の回りで集めた義援金や支援物資も届けてくれました。
 今回の活動場所は、地区の中心部から少し離れたKさん宅。幸いにも地区の中心部は、同和対策事業で地盤がかさ上げ工事されていたため大きな被害を免れましたが、それがなかったなら地区は全滅状態になっていたでしょう。実際に、かさ上げ工事がされなかった古い2階建ての同和住宅は、1階部分に土砂や流木が押しよせ、住民は隣保館で避難生活を強いられています。Kさん宅も氾濫した赤谷川のすぐ側で、地盤が低かったために、大量の土砂と流木に襲われました。
 作業内容は、家や小屋の周り一面に60センチぐらい積もった土砂の撤去作業です。土砂を撤去しながら、埋まった家具、自転車、車、農機具の掘り出しも並行して行います。重機が利用できれば楽でしょうが、重機が入らない場所は、スコップや鍬、一輪車を使った手作業しか方法がありません。
被災地は、連日35度を超える猛暑続き。しかも、ボランティア参加者は、全員が決して若くはない人ばかり。大量の水を吸った土砂は、スコップ一杯でもかなりの重さ。30分に一回は休憩と水分補給をしなければ熱中症で倒れてしまいます。最初は、慣れない作業に、一日やり通せるだろうかと不安に思った人も多かったそうです。
また、二日目には大雨警報が発令され、一時避難指示も出されましたが、雨に警戒しながら被災者の家族と一緒になって作業を続行。作業にも慣れ、二日間でかなりの量の土砂を撤去することができました。
   作業終了後の反省会では、「みなさんと一緒に作業を貫徹できたことがうれしかった」「災害被害が出たときに、それを仲間で支えることは大事で素晴らしいこと」などの感想が出されていました。
 二日目の作業中には、地元テレビ局の取材が入り、夕方のニュースで放映されていました。また作業現場が国道386号線沿いのため、通りがかった車の方から「家の片付けの足しにしてください」と大量の手作り雑巾の差し入れもあり、参加者それぞれが元気をもらいました。
 次回の復興支援ボランティア活動は、7月22日(土)と23日(日)の8時~16時に行います。集合場所は、杷木町林田入り口の国道386号沿い、全国連のゼッケンが掲げられた軽トラックが目印です。多くの方のご支援をお願いします。
 参加される方は、事前に村上久義までご一報下さい。

2017年7月21日   全国連現地災害対策部

朝倉・杷木地区 災害緊急対策会議の報告 2017年7月14日

(2017年07月22日)

7月14日、緊急対策会議が開かれ、被災状況と現状、これまでの取り組みが報告されました。さらに長期化すると思われる復興支援に主体的に取り組むために災害対策部の設置を決定しました。
義援金口座の設置も決定。今、最も優先するものとして浄水場破壊のために飲料水・生活用水の確保と配布であることが確認されました。行政への働きかけもやるようにしました。

被災状況
林田地区 9戸  杉馬場地区 6戸   両地区とも人的被害はない。
断水 全戸断水(全体約1700戸)
避難 林田地区  人権啓発センターに約10~15人
   杉馬場地区 把握できていない

これまでの取り組み
  救援物資の配布  林田地区、杉馬場地区、個人
  水の配布  林田地区 生活用水500リットル、飲料水300リットル
        介護施設 生活用水200リットル、飲料水200リットル
        杉馬場地区ほか

災害対策部の設置----決定された。

義援金口座の設置----決定された。

復興支援ボランティア活動
  7月16日、17日林田地区に入ることが決定された。
長期化にどう対応するかも検討する。

救援体制の経費  義援金・カンパでまかなう。

全国からの支援物資(7月13日現在)
       飲料水 ペットボトル2リットル6本入りの箱が----78箱分
       200リットルポリタンク1個
       そのほか、紙皿、紙コップ、カップ麺、野菜ジュース、
濡れティシュー、などを支援受けました。
       送り元は 本部、福岡、茨城、奈良、大阪、山口など本当にあ りがとうございます。それぞれの地区に配布しました。
水の配布は7月8日から毎日しています。
この給水体制が厳しく、今は村上が担っていますが負担が大きく対策部で可能な人が参加する。また、行政への働きかけを追求することが決定されました。

 とりあえずお礼と報告です。


本部追記
1、 義援金は、組織的扱いのため、現地で口座を開設します。
今しばらくお待ちください。

2、 支援物資の送り先は
  〒838-1514
    福岡県朝倉市杷木久喜宮78-1
        村上 久義

   飲料水がまだまだ必要です。
インスタント・味噌汁なども希望されています。

なお、一時的に二次災害のおそれから、同地区への宅配を拒否するケースがクロネコヤマトなどであったようです。今は大丈夫でしょうが、もし拒否された場合も、災害救援だと押し込んで、請け負わせてください。
その場合、多少の時間がかかっても、届きますので。

また、クレジットカード決済でアマゾンを利用する場合は、送料は無料になるようです。参考に。

            

8・6ヒロシマのつどいの御案内

(2017年07月22日)

私たち実行委員会は毎年原爆の日の「8・6ヒロシマのつどい」を通じて,過去の戦争を反省し,その結果としての沖縄の地上戦そして原爆投下である歴史と向き合い,戦争や差別,原発事故をくり返さないための企画として取り組んでまいりました。ことしで10回目の開催を迎えます。
今年は被爆から72年を迎えます。しかし,いま世界中で戦争情勢に突入しています。そのなか安倍政権は共謀罪の強行採決,自衛隊の憲法明記=改憲,辺野古新基地建設,核の使用も辞さないとささやかれ,戦争情勢に追い打ちをかけてきています。
だからこそ,あらためて被爆者の核を許さない切実な思いや,放射能被害の恐ろしさ,そして過去の戦争加害に対する責任をあらためて学び,継承し,発信することが,いま切実に求められているのではないでしょうか。
私たちは福島地区の一住民の立場として,新たなつながり,団結のもと,解放運動を再構築しなければなりません。これからもこのムラで子孫が人間らしく生きるために,差別とたたかう新たな潮流を築き,新たな発信を開始するとともに,地元の被爆者や,差別に苦しんできた住民の世代を超えた和をつくり,新たな一歩を踏み出したい。またそこに全国からの皆様とも交流し賑わいをつくりたい。

その目的から,広島原爆の日の8月6日,福島地区にて三回目の「きずなインふくしま」を開催します。
「福島地区のつどい」では,地元福島地区の被爆者の話や,実行委員会からのアピールを中心とした集会をおこないます。そして西区役所前でのステージ,露店をはじめ,被爆についての座談会も予定しています。
この度も,本会のご参加ならびにご協賛をよろしくお願い申し上げます。

(当日の主なスケジュール予定)
被爆72周年 8・6ヒロシマ 福島地区のつどい 【広島市西区いきいきプラザ4階講堂】
8/6(日) 11:00~12:30  被爆者の訴え,実行委員会からのアピールなど
きずな イン ふくしま ステージ,飲食,展示ブースなど【西区役所前緑地帯】
8/6(日) 11:00~17:00  (ステージは13:00~)




〇実行委員会からの8・6の呼びかけ
 さん(元毒ガス工場工員,毒ガス島歴史研究所顧問)
私は1926年広島県竹原市の被差別部落で生まれ,大日本帝国憲法,軍国主義のもと,教育勅語を教育させられた。その中で,中国人を「人間外の人間」「家畜以下」とみなし,殺して当たり前の加害意識をもって,大久野島で毒ガスを製造した。
だが,部落解放運動を通じて,加害の根性をたたき直すことを強烈に自覚し,30年から40年をかけて,自己変革,自己批判をしてきた。人間が生まれながらにして持っている基本的人権に抵触し,なぜそれが発したのか,現象の本質に迫ってきた。
そうして謝罪のため中国を訪ねた。当時芋穴から8mくらい掘り下げ, 8kmもある手掘りの避難所に,毒ガスを使った。住民1,072人のうち助かったのは34人。虐殺した。慰霊碑に参拝したが,言葉で謝罪は済まされない。賠償しなければならない。しかし財力はない。国家に賠償させることを約束して帰り,そのための法律制定をいまも要求し続けている。重慶大爆撃被害者補償の裁判傍聴や,東京高裁での街宣も行っている。
日本軍は1941年12月8日,真珠湾攻撃を仕掛けた。それをしてなければ,原爆はなかった。
年代が変わるほど,加害の事実が忘れ去られていく。
しかし,大久野島はこれからも命をとっていくのだ。
安倍政権は今,明治憲法に戻そうとしている。教育勅語や共謀罪がまかり通り,まさに合法的暴力団と化している。今こそ第三次世界大戦を阻止するため,根性をつけて対抗する勢力をつくりあげていく。私にはそういう責任がある。
8・6ヒロシマは,人の命にかかわるという本質にとことんこだわり,原爆も,毒ガスも,戦争も,差別も,そして原発も,すべてにおいて,加害と被害,二つを合わせて,そこから平和を追求していくこと。
そしてそれをアピールする人間を増やしていくことが肝心である。

九州北部水害の現況  7月12現在・投稿O

(2017年07月22日)

福岡県、大分県で多大な被害を出した豪雨・山崩れの現場に行ってきた。  朝倉市に住む、村上久義副委員長が忙しい中、現地を案内してくれた。朝倉市杷木町の林田地区、赤谷川沿いの村上さんの田んぼある東林田地区、同川上流の松末小学校。そして久喜宮地区、志波地区、杉馬場地区の6か所を5時間かけてまわった。  亡くなった方が27名、行方不明者が現時点で21名の大災害だ。現場はどこも自衛隊による行方不明者の捜索活動が行われている。捜索と捜索のための道路補修は行われているが、復旧作業などはまだまだ先の話だ。杉馬場では、行方不明者の遺体が見つけられたのだろう。ブルーシートがかぶせられ、警察官が走り回る現場に出くわした。村のすぐ横だ。遺体と対面する家族のことを思うとやりきれない。 赤谷川流域の3人が流された現場では家は崩壊し泥に埋まっている。固まった泥と大量の流木をみると行方不明者の発見にどれだけの時間がかかるのかは素人の私にも想像がつく。一刻も早く救出を願うだけだ。  土台を濁流に流され、鉄骨柱一本で今にも川に崩れ落ちそうな味噌屋さん。潰れた家や1階の屋根付近まで完全に泥に埋もれた家が連なる。表からは何の被害を受けてないように見えても、裏山が崩れ、埋まっている家など。どの家も人の気配はない。あっという間もなく押し寄せる泥水に命からがら避難されたのだろう。静かだ。鶯が鳴いた。車は流され横転したり、泥に埋まっている。松末小学校の近くは大きな電柱が何本も上から数メートルのところで折れ、2階建ての屋根にのしかかっている。大きく立派な家や、高級車なども、この水害の前には、命を救うことも避難の手段にもならなかった。  赤谷川は山から出たところから肥沃な田畑を育ててきた。しかし今では、山崩れによる真砂土の固まった土が、田んぼや畑、果樹を埋め尽くし巨大な平地を作り出している。見渡す限り真砂土だ。マスコミなら福岡ドーム何十個分の広さというのだろう。赤谷川沿いの村上さんが精魂込めて育ててたんぼは無事だった。と安どする間もなく、用水路がつぶされたから枯れるしかないね、と村上さん。ほかの場所でも聞いた。泥をかぶらなかった田んぼも用水路が潰れ、今年は一粒も収穫はなかろうという。  林田の村のすぐ近くの浄水場が壊滅的打撃を受けた。真砂土と流木で埋まった。電気はかろうじてつながり、プロパンガスも細々と補給されたが生活での最大の問題は水だ。避難所になっている林田隣保館には給水タンクが備え付けられ、村上さんらが井戸水などを運んでいる。飲料水は何とか確保できるが生活用水は大変だ。大災害の避難所で繰り返される避難者の苦労はここでも繰り返される。  今回の被害の特徴は、大量の流木と泥だ。震災とはまた違った、信じられないような光景だ。普段は10mに足りない小川が、数時間の記録的豪雨で最大幅数百mにもなって氾濫した。とにかく流木は凄まじい。直径1メートル弱、長さ10メートルを超えるような大木が信じられないような場所にゴロゴロしている。みんな木の皮はきれいにはぎ取られ、美しい木肌をさらしている。その木肌の美しさが異様だ。根もついている。大きすぎてユンボでも簡単に移動できないのだろう。まず細かく粉砕して、トラックで積み出している。この流木が橋げたにひっかかり、泥水をせき止め、濁流となって平地に流れ込んだ。土は真砂土だ。乾くと固くなり、雨が降ると流れる。厄介な土だ。道路や家を埋め尽くした泥は人の力ではどうにもなるい。道路や田んぼの泥をユンボで取り除く、そして家の中の泥を取り除く・・・考えるだけでも気の遠くなる作業だ。 朝倉市でも、被害は村上副委員長の住む杷木町にとくに集中している。山肌は、この一帯だけ、あちこち爪でひっかいたように崩落している。ちょっと距離があるとはいえ、村上宅の裏山の崩落のスケールは一番大きい。一時は、道一つ挟んで隣近所まで避難指示がでて、自衛隊と警察が封鎖した。 そうしたなか、被差別部落の村の被害は大きい。差別の結果、かって川沿いの湿地帯に追いやられた部落は水害の悲惨をおしつけられてきた。今回も、林田地区はすぐ横の赤谷川が流木でせき止められ濁流が流れ込み、旧同和住宅2棟の1階部分は完全に泥で埋め尽くされ、周りは流木の山となった。昔、よく泊めてもらった住宅だ。幸い、けが人はでてないようだ。5年前の水害の教訓で、川が氾濫する前に住宅の人たちは隣保館に避難したそうだ。 隣保館がある本村は同和事業でかさ上げした。もしこの事業をやっていなかったたら林田地区は全滅したかもしれない。村上さんの話では、かさ上げ事業は同和事業の対象にならないと行政が首を縦にふらないなか、村の人たちのねばり強い闘いで実現したそうだ。杉馬場地区は川のすぐ横の6軒が、流木と泥に埋まった。住民が村上さんにお礼を言われていた。全国連からの支援のペットボトルの飲料水へのお礼だった。

5月13日~反戦・平和沖縄行動2017報告 村上久義・副委員長

(2017年07月22日)

梅雨入りした沖縄では、平和行進が中部・基地コース、南部・戦跡コースの二手にわけ始まっていた。 5月13日、全国連の行動団は、大阪から一緒の5人、福岡から1人、奈良から1人、計7人(青年3人)、悪天候のなか予定を遅れて那覇空港で合流した。 さっそく辺野古へ。悪天候で工事はストップ、テント村もすわりこみは引き揚げていたが、辺野古の海岸を踏みしめ、明日を決意。 名護の海岸で県民大会 14日、朝8時、県庁前集合、県内外の大勢の人たちと一緒に、シャトルバスで大会の会場へ。今年の県民大会は名護・瀬高海岸。海岸にステージが準備され、「復帰45年5・15平和とくらしを守る県民大会」の大きな横幕が張られ、外国人もふくめ、人、人、人の波であふれた。  実行委員長・山城博治さんが「宮古、石垣への自衛隊配備にふれ、沖縄全県基地化を許さない」と、力強いあいさつ。稲峰名護市長、県選出国会議員からは「共謀罪も廃案に」と訴え。ヘリ基地反対協共同代表・安次富さんと、高江住民の会からの報告。韓国・済州島カンジョン村で米軍基地建設とたたかう40人の代表団は「9年たたかって、昨年つくられた。しかし、あきらめない。東アジアの平和は民衆の連帯で」と訴え、大きな拍手が湧き起った。  デモは名護の海岸沿いで「新基地やめろ」「県民は負けない」と、一帯にコールが轟いた。  夕方から、「島ぐるみ会議」有志の皆さんとの交流会。初めて実現した交流会だ。お互いの自己紹介、運動の報告や思いを語り合った。オリオンビール、古酒泡盛を酌み交わし、おおいに話がはずんだ。有志の方々は、退職世代、長年復帰運動―反基地運動を担ってきた。「嘉手納の一坪反戦地主で今もたたかい、借地料は供託している」方。「70年コザ暴動は沖縄を虫けら扱いする米軍への反撃だった」と語る方。  「島ぐるみ」有志の方から「被差別部落言うても沖縄の集落のこととどう違うのか」と質問があり、水平文庫26号「部落差別の始まりと身分制度」を全員に贈呈した。2時間半、有意義な交流だった。 戦争・基地は誰のために  15日、朝9時にホテルを出て、嘉手納、普天間の基地視察のあと、佐喜眞美術館、糸満で「ひめゆり」平和祈念資料館、那覇の沖縄国際平和総合研究所を見学。嘉手納ではF16戦闘機が12機に増え、すさまじい爆音をまき散らしながら着陸した。資料館での展示物は、私の目をくぎ付けにするものがあった。 丸木俊、位里さん「沖縄戦の図」。米艦船に体当たりした特攻兵の肉片を袋に拾う米兵。集団自決の惨状。幼い少女らの表情・・・。  沖縄戦とは何だったのか。「国を守る」ということが、いったい誰の何のためのもので、どれほどの民衆の犠牲を強いるのか。なぜ、沖縄にはこれがやられたのか。・・・その沖縄は、70年たった今も基地の島にされている。  有志の方々には、心から感謝もうしあげます。これからも、共にたたかい、共に学び、かけがえのない友になっていきましょう。共に、朝鮮侵略戦争をやめさせましょう。基地を無くしましょう。  

26回大会基調報告・要旨

(2017年07月22日)

   部落解放同盟全国連合会 中央本部中田潔書記長 部落解放運動は大きな転換点にあります。安倍政権は、いよいよ憲法の改悪にのりだし、「共謀罪」などで、部落解放運動も含めて、ものも言えない世の中にしようとしています。このままだと、どんどんそうなって、差別糾弾闘争もできない、そんな風にされてしまいます。 憲法改悪に反対し、戦争阻止を柱に  戦争のできる国、そういう国にしたてあげるには、様々な改悪や、弾圧をへて進められます。そのなかで、われわれはどういう運動をしていくのか、そこをはっきりさせてたたかわねばなりません。部落解放運動の柱に、絶対に戦争をさせない、そのことを打ち立てて闘いましょう。  全国連は、三大闘争のあらゆるとりくみにあって、差別糾弾闘争を軸にしてきました。そこをしっかりさせることで、部落解放運動を再生・復権しようとしてきました。  今、若い層になかなか部落解放運動に魅力を感じてもらえない、そんな時代です。 担い手の高齢化問題も確かにあります。  しかし、では、もう部落解放運動はいらないのかと言えば、決してそうではない。 昨年の大会でも触れましたが、就労状況をみても、非正規労働者がどんどん増やされ、犠牲の集中する部落の就労をはじめ生活は非常に悪くされています。しかも、その肝心なところを支える運動は、どんどん弱められています。全国連は、そういうところとしっかり向き合い、こんにちの部落差別の有様としっかり向き合った運動を求められます。   この5年で狭山必勝へ  狭山闘争でも、そういうところをしっかりやっていく。差別糾弾闘争を軸にしてたたかっていく。そこがなければなりません。これまでの10年をふりかえって、われわれの弱点も見えてきて、その総括のなかで「新たな挑戦」をうちだしました。また、新たな挑戦のなかで、様々な人と繋がり、一緒にとりくんでいくことで、今までより広範な新たな人々との出会いがありました。  そういう努力の積み上げのなかで、狭山の決定的な新証拠をつかみとりました。石川一雄さんが、殺人犯にされてしまった、決定的な証拠とされた、万年筆が、実は、警察のでっち上げであるとはっきりわかる、下山鑑定がだされました。  我々自身は10年たたかうこともやぶさかではないけれども、石川さんの年齢を考えると、5年が勝負です。事実調べを必ず実現させることが必要です。下山鑑定を武器に、事実調べを実現し、この第3次で再審を実現しましょう。  その過程を通して、部落解放運動を元気にしていく、そういうことが求められます。勝つためには何をしてでも勝つ。目の色を変えて、やりましょう。  同和対策事業うちきりで何がおこったか  本部派は、同和対策事業のうちきりに、屈服したのだということを忘れてはなりません。  「一般対策を軸にして、それを活用していく」と言いながら、大衆的な要求闘争はどんどん闘われなくなっていった。そんななか、実際に、部落のなかでは、どういうことがおこってきたのか。  例えば、介護保険制度の改悪で、これまで利用できていた人がサービスを利用できなくなっていく。この制度が始まる時点で、我々が心配していた通り、「保険あって介護なし」にされていく。  住宅問題ではどうでしょうか。公営住宅法の改悪、応能応益制の導入、本部派はそれを認めてしまった。それから20年たって、部落の住宅にかかわる権利は、どんどん削られています。「住む権利を保障しろ」と正面から掲げ、家賃にとどまらず、いろんな点から、要求闘争がたたかわれなくてはならない。それが低下しているが、むしろ逆に、これからこそしっかりやっていかなければなりません。  同対事業うちきり以降のこうした流れ、関係性のなかで、「部落差別解消法」も見なければなりません。    お上まかせでなく、大衆運動の発展が必要  昨年の12月に、部落差別解消法が成立しました。「今さら、なんで?」我々は国に頼らない団体だし、何より同対法うちきりで何がおこってきたのか知っていますから、今度の法律はうさんくさいなと感じています。  ここ東大阪では、同対法打ち切り以降、部落やしょうがい者、在日など、それぞれが持っている特殊性やしんどさを無視して、行政は、とりあえず「人権」でくくって、いわば何もしない、されていない状態が続いてきました。あげくには、もう法律で部落が無いのだから、対応しません、そういう行政の態度です。  そこへ、今度の法律では、部落差別はあるし、国はそれを解消する責任があると書いています。これで、「これまで、部落は無いのだから対応しませんという行政に対しては、文句を言っていける」と思うのは当然かも知れません。  しかし、よく見ると、本来的に、部落差別を残しているのは、国や行政など権力なのに、遅れた意識の人が勝手にひどいことしていると捻じ曲げています。  この法に期待するとえらい目に合う。本部派は、事業の要求はしないと、言い切っています。自由同和会は「部落差別をした者には、罰があるとつけてくれれば、もう解放運動は無くてもいい」と言っています。  労働運動や様々な大衆運動が法の改悪で縛られ、小さく小さくされていくなかで、わが解放運動がこの法律のもとで、どんどんお上頼みの運動にされていく。それは、われわれが、融和運動と言っていたことです。  部落解放運動は、国・行政、お上まかせの運動ではなく、あくまで自主解放を基本にした大衆運動であらねばなりません。  そのための方針として、3つの軸<改憲反対><狭山必勝><要求闘争>をしっかり確認して闘っていきましょう。

熊本大震災現地を訪問して

(2016年06月27日)

5月18日、村上(副委員長)、楠木(事務局長)の二人で、益城町など、熊本大震災の現地を訪問した。現地に近い知人の案内で、アドバイスを受けつつ、被害の大きかった益城町、嘉島町、御船町をまわり、最大の避難所、益城町総合運動公園を訪問した。

益城町には2つ、嘉島町には1つの被差別部落がある。御船町には、被差別部落はないが、かって激しい差別的な設置反対運動がおこった馬肉、ハムの大規模な工場がある。

益城町は熊本県の中央部、熊本市の東隣に位置するベットタウンで熊本空港がある。これら一帯は、阿蘇の火山灰が土壌。あちこちから、きれいな地下水が湧き、その「地の利」で、工業誘致にも成功し、農業もさかんで、10年前までは村だったが県内1,2位の財政豊かな町に変貌した。それが、一転して、今回の地震では、大きな被害をもたらした。

被災地の状況

益城町を走る国道は地盤ごと崩れ、アスファルトは波うち、仮復旧作業が行われ、各地から災害派遣の車が行き交うようになっていたが、ゴトゴトと揺れる。

まず、家屋被害の激しさを目の当たりにした。沿道の家には、ほとんどが屋根

にブルーシートがかけられている。特に、二階建ての家は、一階が完全につぶ

れ、無残だった。コンクリートのパチンコ屋がつぶれているのにはびっくりし

た。

電柱は折れ、電線でもちこたえている状況だ。お寺の石塔もガレキの山と化

している。

活断層の上に建っていた家はすべて全・半壊の一方、2~3mの小川をはさんで活断層からはずれた家は半壊・一部損壊で、対象的だった。

部落の中に入ると、9割の家がブルーシートをかけていた。家屋の全壊が多数あり、地震で最初の犠牲者がでたのも村のきょうだいとのこと。

村のきょうだい達は、町の公の避難所には行かず、隣保館に身をよせていた。公の避難所での生活や人間関係等を気づかっているのだろう。現在も余震が続き夜だけ隣保館に泊まっている人もいる。

総合運動公園の避難者の訴え

約1000人(4月下旬当時)が避難する益城町体育館。その裏側の公園には124張りのテント村が設営されていた。また、車中泊をする人達で駐車場は満車の状態。(テント村は、登山家の野口健さんが寄贈、ツイッターの呼びかけに応じて届けられたもの)

「今日は見て回るだけ。避難者と話すのは無理」という知人のアドバイスだったが、思いがけず、体育館の避難者から声をかけてきた。60歳代の男性。

「行政は2回しか来ない。昨年、ここの運営が役所からYMCAに変わった。しかし、こんなときは違うだろう。テントや車の置場所、食事の順番まで、全部住民勝手。トラブルにも行政は知らんぷり。運営はYMCAだからと。公務員の姿が見えるのは岡山あたりからの派遣だけ。行政はわしらをほったらかしだ」としきりに訴えてきた。テレビに毎日でる、天皇も来た最大の避難所でこの有様!

「当面の救援物資は足りている」らしいが、生活再建の課題はまったくこれから。10年がかりの課題。「お互いに現地、とくに部落にとって本当に必要なこと、一緒にできることは何か、今後も相談しあっていきましょう」と誓って知人と別れた。

7月10日・参議院選挙にたいする私たちの態度

(2016年06月27日)

戦争反対・沖縄連帯の意志を示そう

極右・安倍首相は、5月26日、主要7ヵ国(G7)首脳会議(伊勢志摩サミット)に出席後、突如「世界経済のリスクは(リーマンショック)のようなリスクに直面している認識については一致することができた」と強調した。議長国という立場を利用して安倍はウソの発表をしたのです。
世界経済は絶望的危機にある。とりわけリーマンショック以降、立ち直れず停滞的危機にあることは事実です。しかし、安倍が言うようにリーマンショックが今起こるような現実はありません。ただただ安倍は「17年4月からの消費増税で10%にすることに反対!」の国民の声を恐れ、安倍自身の発言である「リーマンショック級の経済危機又は大震災がない限り来年4月10%に消費税を増税する。再延期は絶対ない」との整合性を持たせるために「ただ一人リーマンショック級の危機をでっち上げた」というのが真実です。そして、これをもとに、2019年10月までの消費増税の再延期を発表しました。もちろん私たちは消費税そのものに絶対反対であり、増税にも絶対反対です。しかし今回の決定は一部の金持ちと大企業を救うものであり、同時に、アベノミックスの完全破たん隠しのデッチアゲそのものです。さらに、安倍は、オバマアメリカ大統領の広島訪問を最大限利用し人気回復も狙っています。また、安倍は昨年暴力的に強行採決した安保法に基づいて自衛隊を侵略軍隊へと変貌させつつも、だれもが目に見える形で安保法・集団的自衛権行使を実施していません。まさに安倍は、参議院選で経済問題を焦点化し、消費増税の延期によって参議院選挙で議席を減らさず、あわよくば改憲勢力(自民、公明、大阪維新)の3分の2の議席獲得を獲得し、選挙後に憲法改悪に一気に動こうとしているのです。
しかし情勢は激しく動いています。4月28日、沖縄でウォーキング中の20歳の女性の命が最もむごたらしい形で奪われました。沖縄県民はすぐさま決起しました。6月5日の沖縄県議会選挙で、翁長知事の与党である基地反対の党派が圧勝しました。基地を推進する安倍自民党は、はっきり敗北しました。この選挙では、沖縄の強い意志が示されました。米軍関係者による女性殺害事件への怒り。辺野古新基地建設反対の不屈の意志。その原因である、米軍基地の不当極まる集中とその現実の差別的強制への島ぐるみのたたかいです。6月19日、那覇市での8万人規模の県民大会の大高揚は確実です。
それはしかし、基地を推進する安倍政権を支える本土への痛烈な批判でもあります。本土の無関心への最も鋭い告発です。米軍基地がある限りこのような事件が何度でも繰り返されます。私たちは沖縄の闘いに全力でこたえなければなりません。
阪神大震災から、新潟中越大地震、東日本大震災、今度の熊本大地震と20年余の間に大地震が4度。このような中でも安倍は原発を動かしています。絶対に許せません。実際、福島の原発事故原因は今だ解明されておらず、放射能被害・子供の甲状腺ガンは、これからますますひどくなるのです。
安保法などをめぐって野党統一候補が出来上がりつつあります。慶応大学名誉教授小林節さんが「国民の怒りの声」を結成しました。これらの闘う一翼を私たち全国連が担いきろうではありませんか。

参議院選はすでに始まっている。全国連の総決起で一票でも多く獲得し、極右安倍政権を打倒しよう!

このように、今回の選挙では、これまでになく、政治の構図がはっきりしています。安倍政権は消費税を延期しました。その是非を問うことが、選挙の焦点のように言われますが、そこには欺瞞がひそんでいます。
20年余の間に震度6以上、震度7の大地震が4度も起こるこの国に原発が存在することは絶対に許されません。
戦争反対(安保法制と憲法改悪に反対)、しかもそれは一般的にではなく、沖縄連帯(沖縄の基地と米軍犯罪を許さない)として、今度の選挙は、かってないほどに大きな選挙になりました。戦争反対・沖縄連帯の意思表示を、どこまではっきりと表すことができるのか。それを、一握りの人々の主張ではなく、ムラの声として、またより多くの民衆の声として、その意思表示のための投票行動に組織できるのか。とりわけ、初めて選挙権の与えられる18歳、19歳の若者をとくに重視し、高齢化した同盟員も、彼らと会い、対話する他にない機会として、投票できるのか。
全国連は、この度の参議院選挙をそのように意義深い選挙として、組織をあげてとりくみます。
沖縄の不屈の人々、不屈の意志と私たちは連帯しなければなりません。自らを安倍政権の良心的批判者に甘んじることで済まされるものではなく、沖縄連帯を示す精一杯の声をあげる、ムラによびかけ、多くの民衆に呼びかける、その責任があります。〈君は沖縄を見殺しにするのか!〉と!
もはや、選択の基準は明らかです。「○○党が好きだから」入れるのではない。安保法制・憲法改悪に反対し、沖縄の基地に反対する人、政党に一票を投じよう。

オール沖縄のたたかいを解放運動へ!!

(2016年06月27日)

全国連青年部5月沖縄現地闘争報告

青年部長より~ひとこと~

毎年恒例となった青年部沖縄闘争も5回目を数えます。たくさんの方々から支援をいただき、各地からの青年の決起によって、貫徹することができました。心から感謝の意を表します。

いま、戦争ができる国づくりがされている中で、それに真っ向から反対する私たちは、沖縄のたたかいに全力でとり組む決意であります。沖縄で起きた米軍属による女性殺害事件は、基地があるゆえに、起こるべくして起きた事件といえます。不運による事例ではなく、しっかりと事の本質を見極めなければいけません。これからも沖縄に連帯し、団結をつくりだしていこうと考えております。3日間の報告をしていきます。


事務局より~報告~

<行進>

5月1416日の3日間、沖縄行動に行ってきました。今年の沖縄県民大会は15日の「沖縄復帰の日」に行われ、行進で会場入りする「平和大行進」に初めて参加しました。

沖縄の太陽は文字通り肌を刺す強さでしたが、みんな倒れそうになりながらもなんとか会場までを歩きました。デモ隊は坂の向こうに見えなくなるほどの長さです。沿道では、こちらに手を振ってくれる人達や、デモ隊のための給水所など、地域でデモを支える姿は、まさに私たち全国連が目指す「新たな挑戦」を先取りしているように思われました。

また、この平和大行進は3日間の行動で、私たちが来る前から沖縄全土より会場へ行進を続けてきたのです。狭山闘争をこのような形でできないか、私たちが沖縄に学べることはたくさんあると感じました。


<県民大会>

県民大会は、那覇新都心公園の芝生を埋めつくして行われました。この公園は、かつて米軍基地だったそうです。米軍基地の返還で、今の沖縄は平和と、豊かさを手に入れられるのです。今回はじめて、現地でそのことを感じました。

集会では、いまだ日本中の74%の米軍基地施設を押し付けられている沖縄の想いが、にじみ出てくるようでした。現地の市議会議員さんは、「昨年からの国会前の戦争法反対の闘いや今の参院選候補者統一の流れは、『オール沖縄』に学んでできたものだ」と話されていました。まさしく、本土が沖縄の闘いを学ぶ時代にきています。沖縄では、自らの闘いに自信を持っています。

また、韓国で基地建設に反対する済州島(チェジュド)の方々からの発言もありました。沖縄の現実と、闘いで得られたものを本土に伝えていきたいと思います。


<交流>

集会終了後、辺野古カヌー隊の方々とお話しをすることができました。海上で抗議行動を行なっている人たちです。私たち全国連の三大闘争と、沖縄に基地がおかれていることは沖縄差別であることを伝え、差別をなくしたいと伝えると、カヌー隊のメンバー一人一人の想いを話してくれました。

カヌー隊を続けるために東京から移住した方や普天間で生まれ育った人は、「自分は本土の人と話すのが怖かった。どうせ理解されないと思っていた。しかし、ここで本土から来たカヌー隊員とともに闘う中で、ようやく話せるようになった」と話してくれました。差別を乗り越えるのは闘いと誠実さなのだと心に沁みて思いました。


<沖縄戦について見学>

最終日、大田昌秀元県知事が設立した沖縄国際平和研究所を訪問しました。ここでは、沖縄戦の写真がたくさん展示してあり、沖縄の歴史を目で見て学ぶことができます。沖縄の日常と、米軍基地にすべてを左右される現実を知ることができました。

いかにして、沖縄が進撃され、戦争が厳しいものであったのか、目の当たりにすると本当に実感します。沖縄の問題は、基地をおしつけている本土の問題です。全国連の新たな挑戦として、オール沖縄のたたかいを解放運動へ繋げていきたいです。


参加者より~感想~

<広島 山根 努>

いままでの沖縄の強いられてきた現実や差別を、訪ねたわれわれが共有し発信することが一つの使命ではなかろうか。沖縄や原発反対、ヒロシマ・ナガサキ、そしてあらゆる差別の根源はいまの政府にある。ともに合流、団結して行動を拡大することこそ、われわれのたたかいの拡大につながるとして、そのための創意工夫を仲間とともに討議して、それぞれの地元のたたかいとともに今後につなげていきたい。


<奈良 大橋 ひかり>

県民大会の前に、平和行進に参加出来て良かったです。普段沖縄では経験出来ない、長距離歩いて基地の横を通ったこと。すごく印象に残りました。沖縄から少しでも早く基地を撤去させること。一緒に最後まで闘い抜くことを心に決めました


青年部長より~あとがき~

沖縄の郷土料理でヤギがあります。これが現地では最高のおもてなし料理。値段もやや高めなわけですが、北浦青対部長にねだって、ヤギ刺しとヤギ汁をみんなで食べました。本当においしかったです。闘争と交流のメリハリをつけて、夜はおもいっきり笑って過ごせる。これが沖縄行動であり、全国連の運動。3日間、本当に楽しかったです。

支援していただいた皆さまには、本当に感謝しています。ありがとうございました。そして、参加した青年部メンバーのみんなもお疲れさまでした。

三里塚「強制収用」を許さない5万人署名を取り組もう

(2016年06月25日)

軍事空港の建設に反対し、たたかう市東孝雄さんの農地取り上げ裁判が最高裁での攻防に入っています。
空港会社は1988年、祖父の代から耕作を続けてきた市東さんの農地を、耕作者である市東さんに黙ったまま地主から買収。2003年になって、空港会社は「小作契約の解除」を主張し、農地取り上げの裁判を起こしたのです。
そもそも、農地の売買には農業委員会の許可が必要です。農家でもない空港会社が、農地を取得できる道理などありません。
国策空港の建設のためであれば、農民を守るための農地法を無視する暴挙です。市東孝雄さんは、農地取り上げの〝死刑宣告〟と断固としてたたかっています。三里塚反対同盟は、この署名をたずさえ最高裁に対して要請行動を取り組んでいます。
部落解放同盟全国連合会は、『最高裁による強制収用を許さない5万人署名』を取り組みます。ご協力をお願いします。

第二回 侵略戦争へ突進する安倍政権(前号のつづき)

(2016年06月25日)

=侵略最前線基地の沖縄と新安保法制=

辺野古新基地の建設を阻止しよう!

南西諸島の陸自配備を許すな!

改憲阻止・新安保法制粉砕・安倍政権打倒!

「オール沖縄」の闘いに学び連帯しよう!


最前線基地強化の沖縄と新安保法制


米国は、「アジアでのリバランス(再均衡)」戦略に転換して、米艦船の約六O%を集中配備して、朝鮮半島と東シナ海の有事に備えた軍事力を大増強しました。

いまや、三月実施された『新安保法制』と『日米新ガイドライン』によって、沖縄-日本全土が朝鮮有事と対中国封じ込めの最前線出撃基地になろうとしています。

巨大な辺野古新基地建設と、南西諸島へのあらたな二OOO人の陸自配備は、そのことをはっきりと示しています。


(一)巨大な辺野古新基地の建設を阻止しよう!


(1)あらたな巨大な『最前線基地』の建設

安倍政権は、名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブ沖に、普天間基地に替わるあらたな巨大な米軍の海兵隊基地をつくろうとしています。新基地の面積は普天間の約5倍、滑走路は二本(一八OOm×2)に、そして、強襲揚陸艦のための岸壁(約二七Om)の建設、弾薬庫の兵たん施設も建設されます。

辺野古新基地は、普天間どころか空・海の出撃と兵たん機能をあわせもつ、巨大な最前線出撃基地になります。新基地の耐用年数は約二OO年で、半永久的な基地となります。また、辺野古新基地は本島北部の米軍キャンプや訓練場と連動した、一大軍事拠点の中心になります。辺野古は普天間の移転などではけっしてありません。新たな軍事空港と軍港の巨大基地建設なのです。


(2)オスプレイと強襲揚陸艦の出撃基地

プロペラの位置を動かして、垂直離着陸や高速で水平飛行ができるオスプレイは、これまでの米軍輸送ヘリの能力と比べると、時速は五二Okmで二倍、航続距離は半径三九OOkm(朝鮮半島から台湾まで)で五倍、輸送人数は二四人で二倍。積める貨物量も九tで四倍というすごさです。強襲と即応にすぐれ、より遠くまで、どこへでも、より早く、より大量に、戦闘員と兵器を運ぶ最新鋭の軍用機です。普天間基地に二四機が配備されています。

そして、新基地には、軍港機能をもつ約二七Omの大きな岸壁がつくられます。戦闘地に強行上陸する強襲揚陸艦(全長二五七m・四万トン)が接岸する軍港となります。新基地に強襲揚陸艦がつねに接岸できれば、より効率のよい海と空の一体的な運用ができる出撃基地になります。


(3)『和解』と工事中断・オイルフェンス撤去の『悪どい狙い』

県知事の埋め立て承認取り消しと、国による代執行をめぐる訴訟は、裁判所の「和解案」によって、建設工事は一時中断され、オイルフェンスも撤去されました。これは、六月県議選と七月国政選挙を有利にするために、辺野古新基地の建設を焦点化させないためです。安倍政権は、国に有利な「代執行訴訟」への一本化を狙い、訴訟と埋めたてをより早くすすめようとしています。

安倍政権の卑劣で暴力的な新基地建設の強行は、「本土の二%の面積に、七O%の米軍基地がある」「基地の中に沖縄がある」という、戦後の沖縄への差別的現実をさらに強め、沖縄県民を虫けら扱いする『新たな沖縄差別』として、沖縄県民に襲いかかっています。


(4)「危険がなくなる『唯一の解決策』」という大ウソ

安倍政権は、危険な普天間基地を辺野古へ移転することが、危険がなくなる『唯一の解決策』だと大ウソをついています。仮に移転したとしても、今度は名護・辺野古が危険になるのです。オスプレイの墜落事故は世界でつづいています。

ほんとうの唯一の解決策は、戦犯天皇ヒロヒトが沖縄丸ごとを米国に売り渡し、米軍が銃剣とブルト-ザで沖縄県民の土地と家屋をうばって建設した普天間基地(米軍基地)をただちに撤去して、沖縄県民にもとどおりにして返すことです。これ以外の解決策はありえません。


(二)自衛隊による南西諸島の最前線基地強化を許すな!


(1)那覇基地のF15戦闘機が一OO機体制に

この三月、那覇基地の航空自衛隊に、あらたにF15戦闘機が五O機も追加配備されて、一OO機体制に大増強されました。

F15戦闘機は行動半径1900kmで、朝鮮半島から台湾までをカバできます。この一OO機体制の大増強は、朝鮮半島有事と対中国への軍事シフトであり、東シナ海の制空権を全面的に押さえるためのものです。

さらに、那覇基地には、海自のP3対潜哨戒機が二O機、空自のE2C早期警戒機がすでに配備され、東シナ海の軍艦や潜水艦、戦闘機や爆撃機を警戒監視しています。「切れ目のない」「平時から有事まで」の、日米共同作戦をになう「新日米ガイドライン」と「新安保体制」の発動にほかなりません。


(2)南西諸島へ二OOO人の陸自配備と軍事要塞化

また、約一二OOkmもある南西諸島の島々には、陸上自衛隊があらたに配備されはじめました。昨年、台湾に一番近い「与那国島」に沿岸監視部隊の一五O人が、そして、この数年内に、「石垣島」に六OO人、「宮古島」に八OO人、「奄美大島」に五五O人が配備されます。合計約二OOO人もの大部隊は、本島の二一OO人とあわせて、約四OOO人が南西諸島に配備されることになります。

これらの部隊は、初動対応する警備部隊や、射程の長い地対空・地対艦ミサイル部隊です。ミサイル部隊は、宮古島、石垣島、奄美大島に置かれ、指揮統制する高射特科群の二OO人は、宮古島に配備されます。

この南西諸島の軍事要塞化と大軍拡は、中国の艦船や軍用機が、東シナ海から自由に出入りできないように、軍事力で封じこめるためのものです。


(三)沖縄県民の『自己決定権』を支持し、「オ-ル沖縄」に学び、連帯して闘おう!

県民の総意は、すでに「辺野古新基地の建設反対」と出ています。名護市長選、県

知事選、衆議院選挙の圧勝が、それをしめしています。

沖縄県民の『自己決定権』を断固支持して、「オール沖縄」のたたかいに学び、辺野

古新基地建設阻止」・安倍政権打倒の追撃戦を、本土-沖縄をつらぬいてたたか

いぬこう。これからこそがたたかいの正念場です。

問われているのは、本土での沖縄県民に連帯するたたかいです。歴史的な沖縄差

別への激しい怒りと悔しさ、深い悲しみから学び、向かい合って、心から連帯してた

たかおう。五・一五沖縄現地行動に起つ青年部を先頭に全国でたたかおう!

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