衆議院選挙の結果と全国連の態度

(2017年11月30日)

この選挙にたいする全国連の方針


 10月22日、衆議院選挙が行われた。この選挙にたいして、全国連は次の見解、方針で臨んだ。①比例区は社民党、選挙区は社民党をはじめ「野党共闘」の候補に投票しよう。②小池(希望の党)は安倍と同じ穴のムジナ、改憲派。安倍と小池の演出する翼賛選挙にはさせない。

 結果は、社民党2人当選(改選前の議席維持)、立憲民主党55人当選(躍進)。全国各地の事情(選挙区の事情)によって、いくらかの異相はあったが、おおむねこの方針は貫徹された。各支部・県連は、選挙戦の一角に食い込むとりくみをした。


「自民・公明で3分の2」をどう見るのか


周知のように、全体の議席数では、自民・公明で3分の2以上、希望は惨敗であった。確かに、国会の議席数でみると、暗い、重い気分になる。それは当然だ。

だがしかし、安倍首相の表情は、開票日10月22日は確かに満面の笑顔だった。だが、翌日から冴えない顔に変化した。

 台風の影響で得票数も含めた全貌は翌日に判明した。言うまでもないが、小選挙区制では、選挙区は定数1人であり、得票率が30%程度でも、他の候補より1票でも多ければ当選する。その場合、70%の民意は結果に反映されない。他方、比例区では、ほぼ民意が結果に反映されると言える。

 比例区の得票数に注目してみると、自民1855万票、立憲1108万票。自民は議席数で見るほどの圧勝では決してない。むしろ、小池(希望)によって、野党支持票が分散した効果によって、かろうじて勝利したのだ。


第1ラウンドのゴングは鳴った!


安倍は希望の党も含め、9割以上を改憲派が占める翼賛国会を狙っていた。希望の党の登場―民進党「大合流」の策動は、安倍、小池らの、その為の演出だった。自民、公明だけでなく、「国会の総意

と言える形で改憲の発議にいきたかった。その点では、決して安倍らの思うようにはいかなかった。この点が、総括の核心なのだ。

また、安保法制に反対し、9条改憲には反対する民意が、今回は立憲支持に流れたが、以前として根強いことを示した。

憲法改悪をめぐる、第1ラウンドのゴングは鳴った。「来年にも発議する」と安倍は表明した。第2ラウンド、第3ラウンドが必ずある。



民衆行動で大統一戦線をつくろう


最も大事なこと―政治の主人公は国会ではなく、民衆の行動にある。行動を始めよう。「安倍はどうこう、小池はどうこう、枝野はどうこう」など二の次だ。

  1. 米日の朝鮮侵略戦争・核戦争をやらせない。沖縄に基地はいらない。

  2. 憲法の改悪に反対する。

民衆行動が主体になって、たたかう大統一戦線をつくりだそう。今回の選挙でも「本当に入れたくなる党は存在しない」と言う嘆きの声が多数聞かれる。もっともだ。だが、だからこそ今は巨大な民衆行動、そのための統一戦線がまず必要ではないか。

既成政党、既成勢力の延長からは、何も期待できない。民衆行動を基礎にした統一戦線の新たな運動こそが、「入れたくなる党」を初めてつくりだす。沖縄はその先例を示しているではないか。

全国連は、その一翼を担う。住宅、労働、教育、医療、介護などの生活防衛や、狭山闘争はじめ差別反対の個別課題と、大きな政治課題が掛け算になり、第2ラウンド、第3ラウンドにむけ、民衆の政治的分極化と活性化は不可避だ。

心から強調したい。狭山再審闘争の勝利も、その展望にたった新たな運動から見えてくる。部落解放運動の未来もそのなかにある。

 

          20171026

紹介・・・・狭山意見広告運動のよびかけ

(2017年11月30日)

権力犯罪をうち破ろう

狭山事件は権力犯罪です。司法の舞台で、冤罪性をあばき、無実を証明することと、もう一つ、権力犯罪とたたかう大きな運動が必要です。

事件当初、身代金を取りに来た犯人を、警察官40人が張り込んでいながら、まんまと取り逃がしました。シェパード・警察犬一匹、連れていたら、済む話だったのに。

ほんの一月前、東京での吉展ちゃん事件に続く大失態でした。

 警察にたいする批難が沸騰し、警察庁長官が辞任しました。警察はおろか、政府まで吹っ飛びかねない政治問題に発展しました。

当時池田内閣の国家公安委員長が「死んだものに用はない」「生きた犯人をふんづかまえる」と号令。首相夫人の被害者宅への弔問。そこからすべてがはじまるのです。

狭山市内の被差別部落への集中した見込み捜査が行われ、マスコミをフル動員して「部落ならやりかねない」と露骨に部落差別を煽り、その国家ぐるみの謀略のなかで、犠牲にされたのが石川一雄さんです。

狭山事件は、権力犯罪であり、現代日本の差別の壁です。

部落差別解消推進法ができても、この差別の壁を無くさなくては、部落差別は無くなりません。示現舎をはじめ、各地で悪質な差別事件が増え、差別者の居直りは目に余るものがあります。やはり、狭山で勝たないと、差別し放題の状況は後を絶たないのです。権力犯罪、差別の壁を、大きな運動のうねりでうち破ろう。


「決めての物証」万年筆は警察のねつ造!下山鑑定の事実調べを

現在、狭山事件の3回目の再審が東京高裁にはかられています。

第3次再審になって、裁判官、検察、弁護士の三者による協議が始まり、そのなかで、新証拠として、「被害者のもの」とする万年筆のインキがだされました。下山博士が鑑定した結果、インキの違いは明白、万年筆は被害者のものではなく、警察のねつ造であるという結果がでました。

狭山事件では、血痕などはないとされるなかで、この万年筆・インキの科学的鑑定は、DNA鑑定にも匹敵します。

この事実調べの実現ぬきに、狭山事件の再審はありません。どんなに有利な材料があっても、裁判官に期待するのでは勝てるものも勝てない、狭山では何度も煮え湯を飲んできました。石川一雄さんは、78歳。もうこれ以上は待てません。

下山鑑定―万年筆問題での事実調べの実現、その一点で世論を喚起し、裁判を監視する国民運動が必要です。そのための一石を投じたい一念です。

よびかけ、賛同への御参加を、心よりお願いします。

2017年10月

狭山意見広告運動


よびかけ人

    酔虎智伝(すいこちでん)・部落解放運動家

    森島吉美・広島修道大学名誉教授

    長谷川直彦・弁護士

    大口昭彦・弁護士

    新井滄吉・狭山事件と人権を考える茨城の会代表、利根町町会議員

    山本隆久・水戸・狭山事件と人権を考える会代表

    福岡「SAYAMA」上映実行委員会

    木幡(こわた)ますみ・福島県大熊町町会議員

    山中幸男・救援連絡センター事務局長

    ノジマミカ・http://www.facebook.com/sayamajiken管理人

    武者小路公秀・反差別国際運動(IMADR)共同代表理

桜井昌司・布川事件本被告・再審無罪

    知花昌一・元沖縄反戦地主・真宗大谷派僧侶

    菅孝行・評論家

    中村益行・熊本県山都町元町会議員、背梁の原生林を守る連絡協議会代表

    松平要・東大阪市議会議員

    金聖雄・映画「SAYAMAみえない手錠をはずすまで」監督

    趙博・歌手

    青柳行信・原発止めよう!九電本店前ひろば村長

    安次富浩・名護ヘリ基地反対協共同代表

    伊藤健一・元自治労茨城県本部委員長


21人 参加順     11月15 日現在

                                    

連絡先

      東京―105-0003 東京都港区西新橋1-9-8 

南佐久間町ビル2階 むさん法律事務所内

         ℡070-3127-0011

      関西―577-0809 東大阪市永和2丁目14-11

松平要東大阪市会議員事務所内 

 ●メールアドレス 

Sayamajiken_koukoku@yahoo.co.jp


 ●意見広告の掲載は、来年5月23日前を目途に、東京新聞で交渉中です。

 


 以上のように、21人の各界の人士から、狭山意見広告運動のよびかけがなされました。部落解放同盟全国連合会はその趣旨に心から賛同し、その目標の達成のために、全力を挙げてともに取り組んでまいります。

 石川さんの再審無罪の実現は、私たちの長年の悲願です。そのためなら人生をかける、全国連の多くの同盟員はそういう想いです。

 とりわけ、第3次再審の現段階で、「下山鑑定の事実調べなしに再審なし」と確信します。その点、今回の趣旨には、まったく同感です。

 時間は半年と限られています。5月意見広告掲載にむかって、これから様々なことが必要になるでしょう。要請があれば、全国組織一丸で、とりくみましょう。 


          部落解放同盟全国連合会中央本部 

 

201711月15日

インターネットによる差別への取り組み報告 茨城県連

(2017年10月12日)

県連では、インターネットで「酒と荊の日々」というサイトを立ち上げて、全国連や守谷支部長を名指しでヒボウ中傷してきたAに対して、差別サイトをやめさせるとりくみをしてきたが、Aは「削除する。守谷支部長に謝罪したい」という回答を寄せてきた。


 Aはこのインターネットのサイトに「私は中学生の時に守谷市に引っ越してきたが、父も部落民に恐喝された。全国連の守谷支部長の指示で古河の県連事務所に連れて行かれ、身に覚えのないことで糾弾された。卒業後、地元の郵便局に勤めたが、そこでも支部長の娘や部落民に嫌がらせを受けて精神的な病気になった」「部落民はヤクザと同じだ。部落民は骨まで腐っている。つきあわない方がよい」などと、何年にもわたって書き連ねてきた。

 しかしこのような事実は全くない。これはAの被害妄想であり、名指しされた守谷支部長をはじめ全国連の会員はだれもAを知らないし会ったこともない。

裁判闘争を決定

 その後Aの妄想はさらにひどくなり「部落民に復習する」というような書き込みを何度も行うようになった。

 私たちは「部落民」という言い方で差別と憎しみをまき散らすAを糾弾し、この差別サイトをやめさせたかったが、インターネットは匿名であり、どこの誰かはずっと分からなかった。

 昨年の暮れ、調査によってAの身元が判明した。Aは千葉県に住んでいた。

 Aに対してどのような行動を取るか、何度か執行委員会で論議した結果、「Aは自分で言っているように精神的な病気があって通院治療をしている。それをふまえて、直接的糾弾ではなく、弁護士を通じて裁判闘争でインターネットからの削除を要請していく」ということにした。

相手が和解を提案

 県内の尾池弁護士に相談すると、「裁判所には、相手に対して損害賠償=慰謝料を要求するかたちになる。その中で差別サイトをやめるように言っていこう」ということになった。賠償要求は300万円として、今年6月に裁判所に申し立てを行った。

 私たちは裁判が始まったら大衆的な傍聴などの裁判闘争をとりくんでいくことにした。

 これに対して、8月Aは次のような内容の和解を申し入れてきた。

①インターネットのサイトについては、すぐに削除します。②全国連の守谷支部長に謝罪します。③慰謝料は50万円で分割払いにしてほしい。

 本当にAは差別サイトを削除するのか確認すると、すでに削除されていた。100パーセント私たちの勝利だ。

 県連では「①最大の目的だった差別サイトがインターネットから削除された、

②謝罪については、直接会って謝罪することはいらない。ただ二度とこのような差別サイトをやらないことを誓わせる、③慰謝料については、お金が目的ではないので相手の要望通りでよい」という内容で和解を受け入れることを執行委員会で確認した。

匿名で野放し状態

 今回は、たまたま相手を特定できたために、法的な手段で行ったとはいえ削除と謝罪をかちとることができた。

 また相手が愉快犯や確信犯ではなく、被害妄想をかかえているという事情のために、こちらも慎重な対応をとることになった。

 しかしインターネットで差別をばらまいている連中は(示現舎の宮部らを例外として)その匿名性に隠れてほとんど相手が分からず野放し状態になっているのが現状だ。

差別は許さない

 今回の取り組みも、当初どのように取り組んでいくかというという話し合いでは「そんなやつは放っておけ」「相手にしない方がいい」という意見もあった。

 年配者でインターネットなど見ない役員にとっては、別世界の話のように受け止められていた面もある。糾弾闘争は、あらかじめの前提ではなかった。

 しかし話し合いを重ねる中で、このサイトを見た人は本当だと思うし、部落民はこわいという差別意識をばらまくことはまちがいない。そんな差別事件を放置せずに、どんなかたちでも取り組むことを決め、実行した。

 その結果、私たちの予想以上に早く差別サイトを削除することができた。

 これから茨城で差別事件があった時に、今回の取り組みは大きな教訓になるだろう。

 直接の大衆的な糾弾闘争や裁判闘争などかたちは様々だが、差別は許さないという取り組みだけが問題を解決していく道だ。

パネルで広めよう 下山鑑定

(2017年10月12日)

・・・リーフ、署名と三点セットでムラへ!街頭へ!

フレット、署名用紙せは全国連本部


 決めての物証は警察のねつ造だった

万年筆・インキは被害者のものではない


2度の家宅捜索で見つからなかった万年筆 

 ・1963年5月23日 逮捕された石川一雄さんの自宅に対する1回目の家宅捜索。捜査の専門家の刑事12人が、2時間以上も家宅捜索しています。

 ・1963年6月18日 2回目の家宅捜索。この日も刑事14人が、2時間以上かけて家宅捜索しています。

 ・3回目の家宅捜索で、石川さんの自宅の鴨居の上から万年筆が発見さ れます。兄の六造さんに素手で持たせています!

 ・事件から23年、「最初の捜索の際、同じ場所を調べたが何も見つからなかった」と、捜索をした刑事も証言。


万年筆には疑問がいっぱい???

 ①3回目の家宅捜索で発見?

 ②簡単に見つけることができる鴨居の上から発見?

 ③兄の六造さんに素手で取らせた?

 ④一雄さんや被害者の指紋は一つもない?

 ⑤被害者が使っていたインキとはまるで別物?


科警研もインキが別物と鑑定していた!

 実は、科学警察研究所おこなったインキの鑑定(荏原第1、第2鑑定)で、インキの色が違うことがわかっていた。検察は、その事実すら隠していた。

 第三次再審になって、2014年に開示された証拠によって、被害者がふだん使っていたインキが、「パイロット社製のジェットブルー」というインキであったことがわかったのです。 


裁判所は「インキを補充した可能性がある」と言う。

 ところが・・・!

 色素の研究で著名な下山博士が鑑定したところ、「インクを混ぜれば両方のインクが検出できる」「しかし、発見万年筆からはブルーブラックしか検出されない」

  ●左が発見万年筆のインキ。ブルーブラック。

  ●真ん中がインキを混ぜたもの。

    被害者が使っていたジェットブルーのインクが無くなって

    ブルーブラックのインクを補充したという裁判所が認めたケース

●右が、被害者が使っていたジェットブルー


警察は「発見万年筆は級友や郵便局のインキと同じ」と言い逃れ。 しかし・・・

 分析した結果は、パネルにあるように「級友」や「郵便局」のインクもブルーブラック。発見万年筆と同じ。この場合も、被害者が使っていたジェットブルーのインキはどこにもないのです。


下山鑑定で科学的に証明された万年筆・インキの違いは、狭山事件では、DNA鑑定に匹敵する決定的な新証拠です。(狭山事件では、血痕などの証拠は存在しないとされています)。下山鑑定を裁判所が事実調べすることが、真実への扉を開きます。

下山鑑定を事実調べさせよう!全国民に知らせ、裁判を監視しよう。①まず、自分たちで、パネルの説明練習をしよう。

②地域で、街頭で、職場や学校でパネルで宣伝しよう。

③署名、ハガキで東京高裁・検察に届けよう。

反戦の党に一票を!翼賛選挙にさせるな! 10.29から狭山半年間決戦へ!

(2017年10月12日)

衆議院が解散し、10月22日投票日となりました。

今度の選挙は「政権選択選挙」と宣伝され、しかも「安倍政権の継続」か「希望の党への政権交代」かと、あたかも二択の選挙のごとく言われています。

民進党は事実上解消し、小池百合子を代表とする「希望の党」に合流するといいます。これにたいして、小池は「安全保障や憲法への考え方で選別する」「考えが違えば排除する」と言い切っています。何がおこっても不思議ではない、そういう政治状況です。

この政治状況にあって、何をどう見ればいいのか、選挙ではどうすればいいのか、とまどいを感じる方も少なくないでしょう。

安倍政権は、アメリカのトランプ大統領の掲げる「北朝鮮完全壊滅も辞さない」侵略戦争・核戦争に、「完全一体で行動する」と表明しています。自分の疑惑には蓋をして、憲法を変え、戦争のできる国にしようと暴走しています。

しかし、では、小池百合子はどうなのか。小池は、自民党の役員、第1次安倍内閣の防衛大臣なども歴任し、「国際情勢によっては核武装も検討すべき」と発言した、安倍に負けず劣らずの戦争屋です。

「政権選択」とか、「安倍か小池か」とか言われても、中身はこの通りです。決してごまかされるわけにはいきません。

では、私たちの基本はどこにあるのか。戦争反対です。米日による朝鮮侵略戦争・核戦争に絶対反対です。政治の主人公は国民です。安倍や小池ではない。

重要なことは、主権者たる国民の多数が、戦争反対、9条改憲反対なのに、国会の構図では、まるっきり別の結果になろうとしていること、このことです。この、からくりを、しっかり見抜かねばなりません。翼賛国会許すな!

しかし、反戦を貫き、改憲に反対する候補も、皆無ではありません。民進党からも、立憲民主党が誕生しました。比例区は社民党、選挙区は各地の事情に違いがありますが、社民党を軸に「野党共闘」の候補に投票しましょう。

総選挙から一週間後、10月29日、私たちは、東京・日比谷で狭山事件の再審を求め、戦争に反対する集会、デモをします。共に、行動しましょう!


下山鑑定(万年筆・インキ)の事実調べを!

 10・29の集会で、全国連は狭山事件の再審を実現する、半年間決戦を宣言します。

 石川一雄さんは無実です。「部落差別解消推進法」ができても、狭山事件が解決しないかぎり、生きた部落差別は無くなりません。1974年、無期懲役を下した、東京高裁寺尾・確定判決から43年。現在、3回目の再審が東京高裁にはかられています。

そのなかで、「被害者のもの」とする万年筆のインキを下山博士が鑑定した結果、インキの違いは明白、万年筆は被害者のものではなく、警察のねつ造であるという結果がでました。これにたいし、検察はまともに科学的鑑定で反論できず、「民間人の意見書」を出してきました。今後、弁護団の再反論、さらには事実調べの要求へと、焦点化します。

今度こそ、公正な事実調べを。その実現以外にありません。

しかしながら、下山鑑定はまだまだ世に知られていません。裁判は、10月から来春にかけ、結論に向かう可能性もあります。はっきりしているのは、下山鑑定の事実調べぬきには、再審のチャンスはないと言っても過言ではありません。このままでは宝の持ち腐れです。この状況に全国連は先陣をきります。

下山鑑定の大々的キャンペーンと事実調べを求める国民的な運動へ。

 10・29を狭山「半年間決戦」宣言の日に。


10・29狭山中央集会 昼12時30分 東京・日比谷図書文化館

10・29狭山中央闘争で 再審実現をきりひらこう

(2017年09月06日)

全国の兄弟姉妹、たたかう仲間の皆さん。私たち、部落解放同盟全国連合会は、10月29日、東京・日比谷において、狭山事件の再審を求める集会と、霞ヶ関~銀座でデモを行います。また、中央役員、地域代表者は、9月23~24日、大阪で拡大中央委員会を行います。皆さんの参加を心から訴えます。


いいかげん差別裁判やめろ!公正に事実調べを行え!

1963年5月狭山事件発生から54年。「殺人犯」にされた、石川一雄さんは今年で77歳の喜寿をむかえました。

石川さんは無実です。しかし、当時相次いだ身代金誘拐事件で、犯人取り逃がしの大失態を繰り返した警察は、国家の威信をかけて「生きた犯人を捕らえるのだ」を至上命令にしました。そこから、狭山市内の被差別部落への集中した見込み捜査が行われ、マスコミをフル動員して「部落ならやりかねない」と露骨に部落差別を使って宣伝し、その国家ぐるみの謀略のなかで、犠牲にされたのが石川さんです。

石川さんは、孤立無援のなか1ヶ月も、超人的に否認してがんばりました。しかし、ついには「お前が認めなければお前の兄を逮捕してやる」「認めれば10年で出してやる」という、取り調べの刑事の悪魔のささやきの前に、ついにウソの自供をしてしまいました。この自供の評価・分析はともかく、以上のような状況のなかで、百人いれば百人とも、否認を続けることは不可能でしょう。

狭山事件の場合、かくもひどいでっち上げが、部落差別を使うことで、はじめて可能になったのです。

一審の浦和地裁では、異例のわずか半年のスピードで死刑判決。二審・東京高裁では、「民主派」の皮を被った寺尾裁判長の登場で、ペテンにかけ、事実審理を早々にうちきり無期懲役。この寺尾判決が、いまなお石川さんを「殺人犯」にしている確定判決です。無実でありながら、一度も公正な審理も行わず、部落差別でしくんだ国家犯罪を隠蔽し、ただただ擁護し続けているのです。

それを50年、半世紀をこえて維持し続けているのです。「部落差別解消推進法」ができても、狭山事件が解決しないかぎり、生きた部落差別は無くなりません。1974年の寺尾・確定判決からも、はや43年。裁判所は、どこまで差別の片棒を担ぎ続けるのか。いいかげん差別裁判やめろ!石川さんに、一度でも公正な態度を示せ!

現在、3回目の再審が東京高裁にはかられています。この第3次再審になって、裁判官、検察、弁護士の三者による協議が始まり、すでに33回を経過しました。そのなかで、新証拠として、「被害者のもの」とする万年筆のインキがだされました。下山博士が鑑定した結果、インキの違いは明白、万年筆は被害者のものではなく、警察のねつ造であるという結果がでました。

下山鑑定がでて1年。ようやく事態は動きだしました。検察はまともに科学的鑑定で反論できず、「民間人の意見書」を出してきました。今後、弁護団の再反論、さらには下山博士を呼んだ事実調べの要求へと、この攻防が焦点化します。今度こそ、公正な事実調べを。その実現以外にありません。

下山鑑定の大々的キャンペーンと事実調べを求める国民的な運動へ。私たちは、この大きな声をあげ、寺尾判決の終焉を宣言しましょう。


戦争と差別に反対する東京行動

トランプ大統領のアメリカと、金正恩委員長の朝鮮民主主義人民共和国との緊張は刻一刻と極限に達しようとしています。スレスレの言葉と行動の応酬は、それじたいが戦争状態と言っても過言ではありません。いつ何時、一線をこえて爆発しても、何ら不思議ではありません。

しかも、双方共に、核戦争を辞さないと言っています。また、朝鮮半島―東アジアをこえて、ロシア、中国、ひいては地球規模の世界戦争の導火線ともなりうるものです。人類存亡の問題です。

私たちは、絶対に認めることはできません。今すでに、行動をおこさなくてはなりません。

とりわけ私たちは、トランプが「戦争になれば、戦場は北朝鮮であり、アメリカ本土ではない」「北朝鮮の全滅・・・」と、かってのヒットラー同様の、民族抹殺の大量虐殺を口走っていることを見過ごすことはできません。排外主義、差別主義をむき出しにして、核をも使った軍事行使を正当化しようと言うのです。トランプの白人至上主義は、「白人さえ生き残れば、アジア人など死に絶えてもかまわない」と言うまでにいきつくのです。

安倍政権は、このトランプを全面支持し、一緒にやりますと誓っています。麻生(副総理・財務大臣)の二度にわたるヒットラー賛美発言は、こうした日米支配層のこんにちの風潮、背景があって、そこからこぼれ落ちたものです。

私たちの10・29は、戦争と差別に反対する東京行動です。100年前、第一次大戦のさなかに、ロシアでは、「パンよこせ」の国際婦人デーのデモから、たちまち国中の反戦デモに広がり、戦争を止め、世の中まで変えてしまいました。差別裁判反対のデモが同時に反戦デモであっても、何らおかしくありません。

皆さん。家族、友人、知人、みんな揃って、10・29東京で会いましょう。


狭山中央集会

 10月29日 12:30開場 日比谷図書文化館・ホール

「被爆72周年 8・6ヒロシマ 福島地区のつどい」をふりかえって

(2017年09月06日)

                          実行委員会・山根


 福島地区では3度目のつどいを,地元や全国から協賛金のご協力,ご参加のもと開催できましたことを,ここに深くお礼申しあげます。

 スーパー猛暑のつづくなか,強大な風雨を伴う台風5号の接近により,急きょ午前午後とも旧りんぽ館「いきいきプラザ

にて行うこととなりました。

 「福島地区のつどい」は2年ぶりに復帰された森島代表の司会あいさつで始まりました。

被爆から72年を経て,一番の柱である被爆者からの訴えについては,実行委員会の場においても,「被爆の実態を直接学びたい」との強い要望があり,これまでの発言者を中心に依頼しました。

ことし3月三浦さんが亡くなられ,ほかの被爆者も,「もう振り返りたくない

「体力的にきびしい」という返答が重なるなか、平野さんに参加していただき,ご自身の被爆後の苦悩などお話しいただきました。

 それを補う形で,実行委員会の李さんから3歳での入市被爆と,在日としてその後の差別や後遺症とのたたかい,そしていまの戦争政治への警鐘について。松井さんから,疎開先から広島に帰還された際みられた現状の詳しいお話をされました。

 とくに李さんが8・6において,在日の立場から堂々と主張されることは大変意義深いことと思います。日本による朝鮮侵略が,原爆投下後にようやく解放された歴史的経緯があります。侵略の拠点だった広島が被爆の被害だけを強く主張する8・6ではなく,加害の歴史も照らし合わせて,はじめて反戦反核そして反差別を掲げて真正面から平和を訴えるアピールに意味が出てくのではないでしょうか。

2011年に亡くなられた被爆者の沼田鈴子さんも,加害の歴史と向き合うその内容に大きく賛同された方です。

 また,大久野島で毒ガス製造した藤本安馬さんも,実行委員会アピールでも書かせていただいたとおり,戦争加害とたたかってこられてきた方です。部落解放運動を通じて,部落民のご自身が,中国人を「人間外の人間,殺して当たり前」と差別してきたことを自己批判され,いまも中国への謝罪や被害者の賠償請求裁判を求める運動をつづけていらっしゃいます。

 そして中田書記長のまとめからは,革共同による差別事件から独自の8・6をつくってきた経緯を振り返っていただき,あらためて「福島地区のつどい」の意義深さと継続することの必要性を感じました。

 今回,発言された皆さん一人ひとりの訴えの力強さを今まで以上に感じられました。

 被爆や侵略戦争,そして6年前の福島第一原発事故…それらは過去のことかもしれません。

 しかし,その出来事はいまもつながっています。安倍政治は,かつての戦争や被爆,そして原発事故の歴史はなかったことにしようとしています。

けれど,その責任はいまの人たちに相続されていて,何も解決はしていないこと。そして過ちを繰り返させてはならないことを,私たちに突き付けているのだと強く感じます。


平和公園の式典では,市長がありきたりの言葉を口走り,安倍総理に至ってはこの日にしか発言しない公約を並べていましたが,そんな国家や行政をつき動かすために,「福島地区のつどい」の内容を広げていかなければならないと,あらためて心に刻みました。

そして,午後の「きずなインふくしま」においても,毎年司会進行や原爆詩の朗読や歌唱,またフェイスペイント,三線演奏などと,いままでの絆のもと集まっていただき,表現いただいたことに感謝の気持ちでいっぱいです。

また,福岡の水害に遭われた方々からも大変ななかかけつけていただきありがとうございます。会場に募金箱を設置し,7108円集まりました。集会カンパも43648円集まりました。

集会カンパの一部を,福岡への義援金にあてさせていただきます。ご協力ありがとうございました。

 また全国連本部より狭山再審を求める署名や下山鑑定の図表を掲示していただきました。

会場内の掲示となり,参加者に大きくアピールできる形式にすることが課題として浮き彫りになりました。

 そして会場内に,炊き込みご飯や飲み物,せんじがらの販売もあり,売れ行きも好調でした。準備いただいた皆様にも感謝申し上げます。

 今後さらにきびしい差別攻撃に対峙できるように,町内外の団結や連帯を深め,運動や内容を強化できる8・6ヒロシマに育てて,関係者との信頼を築き,継続したとりくみとなるよう邁進したいと思います。これからも団結してたたかいましょう!

九州北部水害の現地から 被災した水田へのポンプアップ作業レポート

(2017年09月06日)

1)豪雨災害から1週間目、田面にひび割れが入り出した表面は白く乾燥し始めた。赤谷川には、上井手(約6.5町歩)と下井手(約5町歩)の水田が広がっている。

35年前、私が解同甘木・朝倉地協の常任(書記次長)当時、二つの水路工事を同和対策事業で改修しようと話が持ち上がった。解同林田支部役員と東林田、西林田、その他関係世話人との協議で、同和対策事業としての着工の強い要望が出された。それは、ず~っと昔から干ばつになれば水の取り合いが起こり、いざこざが絶えなかった歴史を持っていたからである。

 当時、私は同和対策事業全般を担当していたが、一般地区での工事に難色を示していた行政とねばり強く交渉を行って実現させた事業のひとつだった。

 予算の関係で、5期くらいに分け工事は進められた。それまでの玉石の壁や土端だけで築かれた水路は、毎年5月の水利清掃では、総掛かりの作業を要する1日がかりの仕事だったのである。

 この水路改修事業によって、コンクリートの三面側溝と砂留の溜めマス、随所に開閉の水門と水落口がつけられたことを覚えている。それ以来、用水路はこの地の人々と水利関係者にとって大切な役割を果たしてきた。

 今度の災害で、上井手の用水路は幸いにして大きな被害はなく、取水口は壊れたが、それ以外はポンプアップで水は送れる。

一方、約5町歩の水田を擁する下井手は、約4㎞の水路を通って水を供給しているが、今回の災害で取水口のコンクリート擁壁が全て破壊され、水田や果樹園(ぶどう、梨、柿)、畑のほとんどに真砂土と流木が押しよせ、一面まっさらになってしまった。下井手の曲がりくねった水路は、あちこちで土砂に埋もれ、側溝は寸断。下流へ水が全く流れてこない状況になっている。


2)これを憂えて7月22日の夜、水利関係者の総会が開かれ、50数名が出席した。

  議案は、①被害状況と場所、および規模の大小の説明、②ポンプアップと工事場所、その経費の負担、③ポンプ管理人と水当番(各組合3名)、砂が詰まった時のポンプ引き上げと重機(ユンボ)代、④穂が出て収穫まで100日間の可動などで、それぞれについて出席者の意見を求めた。

  約2時間の議論では、各自から思い思いの意見が出されたが、経費の組合員負担や二次災害等の問題で、組合としてのポンプアップを断念せざるを得なく、来年度に向けて、水路の完全復旧をめざすことが了承された。

  我が家の水田は、下井手水路の一番下流に位置している。周辺約1町歩を10名の耕作者が耕している。この中で生き残ったのは、村上とTさんの3反歩だけだ。6月に田植えした水田は、全て土砂がかぶって、一面真砂土に埋まり、水田の境はまったく分からない。そこに巨大な流木やゴミ、がれきが溜まり、見るも無惨な水田となってしまった。(今も流木やがれきの撤去は続いている)

  我が家の水田のすぐ下にあった隣の田んぼとは3mの段差があったが、玉石で積み上げられた壁を一夜にして、ほぼ同じ高さまで真砂土で埋め尽くされてしまった。


3)水利総会で自力での給水が決定されてから、どうすべきかを考えた。①あと何日位、水の供給なしで稲は大丈夫か。②水中ポンプ(2インチ+50mホース1台)の給水で2枚の水田にどれだけ時間がかかるか。③費用をJAで見積もりしてもらうと、2インチポンプ1台3万円、ホース50m1万円。しかし注文しても取り寄せまでかなり時間がかかる。④この間、友人や知人にポンプ借用を頼む。

  7月28日夜、第2回全国連福岡災害対策会議が開かれた。13名のメンバーが、これまでの取り組みの経過、支援状況、今後の課題について検討し、最後に水田のポンプアップ問題を議論した。

  天神町支部長の玉城さんからポンプ(2インチ)を1台貸してくれる提案があった。更に新品のポンプ購入も了承され、発電機もAさんが中古を修理して提供してくれることになり、発電機も2台となった。


4)我が家の水田は2枚に分かれ、上が481㎡、下が643㎡と比較的小さい。

  29日の朝、早速ポンプアップ作業の準備に入った。幸いにも水田から15mくらいの所が川となって水が流れている。そこをスコップで真砂土を掘り、目の小さなプラスティック籠とポンプを沈めた。

  上の水田まで50m、下の水田までは20mの距離だ。ホース2本を準備し、乾燥が激しい下の水田から給水を始めることにする。発電機のエンジンをかけ、水中ポンプの電源を入れると、20mのホースから水が勢いよく流れ出したが、白く乾燥してひび割れた大きな割れ目に水がどんどん吸い込まれ、表面まで水はなかなか溜まらない。

  約4時間でようやく水面が見え始めた。しかし、やっかいなことに水中ポンプに小さな真砂土が吸い寄せられ、これを1時間ごとに除去しないとホースの中に砂が溜まっていく。昼近くになり、昼食で一旦家に帰るために、軽トラックから発電機を降ろし、ポンプアップはそのまま続ける。

  1時間後に戻ってくると、下の水田に6割ほど水が溜まっていた。給水を一時中断し、ポンプ周りの砂を除去。今度は上の水田に水を給水するため、ホースをつなぎ替える。そして再びポンプアップ開始。上の水田には平手が15㎝くらい入るひび割れがあった。

  夕方まで約4時間給水するが、ひび割れの間に水がしみ込んで表面まで水はほ

とんど溜まらない。18時すぎにこの日の作業を終え、ポンプやホースを片付け始めたら厄介なことに気づいた。40キロの発電機を軽トラック荷台に載せようと辺りを見渡すが人影はどこにもない。まる一日の作業で身体は疲弊していたが、覚悟を決め気合を入れて40キロの発電機を抱え上げた。(10年前ならこんなことはなかったと苦笑する)

  

5)30日(日曜日)朝、福岡からの応援の人と二人で水田に向かう。

  田んぼの周りの情景が一変していることにビックリする応援の人。

  さっそくポンプアップの準備。川の中の真砂土をスコップで掘り、籠を沈めて水中ポンプをセットする。車から発電機を降ろしエンジン始動。リセットした水中ポンプは、勢いよく上の水田に水を送り込み始めた。

  少しの合間をみて応援の人を上流の被災現場へ案内。25日経った今も土砂や流木の大半が残っている。大勢のボランティアの人たちが、一生懸命土砂の撤去作業を続けていた。

  田んぼに戻ってみると、上の水田は水が満杯になっている。稲葉が生き生きしてきたのを確認し、ポンプアップを一時中断し、下の水田にホースをつなぎ替える。

  つなぎ替を終えると再びエンジン全開。乾燥した田んぼの中は、至る所に水草が10~15cm程生えており,雑草をとりながらふと耳を澄ますと,石垣から這い出てきたのか水が入った上の水田から,ゲロ,ゲロ,ゲロとカエルが歌いだした。じっと聞いていると,いつのまにか10匹くらいが一声に歌いだし,久しぶりに賑やかなカエルの声を聴いた。カエルが稲の代わりにお礼の鳴き声を発しているのだなと応援の人と顔を合わせ,嬉しくなった一日だった。

  午後4時半頃には,下の水田も満杯となり,隅々まで水が行き渡ったのを見届けて,この日の作業を終了した。

  夕方帰宅すると,シルバーの友人のIさんが水中ポンプを届けてくれていた。彼は被害の大きかった松末地区に住んでいた。裏山が崩れ,住宅が土砂でつぶされた中から,倉庫内の水中ポンプを見つけ出し貸してくれたのだ。本当に感謝に耐えない。(彼は今,妻の実家のある大刀洗町に引っ越している)

  これに新しいポンプが届けば,水中ポンプ3台と発電機2台での水の供給体制が整い,稲刈りまでの100日間頑張って稲を育てることができるようになった。

  全国のみなさんのご支援に心から感謝します。


            2017年8月2日

               村上久義(朝倉市杷木町在住、全国連副委員長)


義援金配布報告

(2017年08月07日)

九州北部豪雨災害へのあたたかいご支援に感謝申し上げます。

全国のきょうだいや闘う仲間のみなさんから寄せられている義援金について、先日の災害対策本部会議の決定を受けて、村上代表が7月30日に杉馬場地区、林田地区を訪れ、義援金と支援物資を配布しましたので、ご報告します。

 杉馬場地区では、地区代表など3人が、公民館で応対してくれました。村上代表から、この義援金は、全国連を始めとする部落のきょうだいや共に闘う労働者・市民など、部落解放を闘う全国の仲間たちからのもので、果樹園の農道復旧など地区の人たちが自力で行おうとしている復旧工事の一助に充ててほしいと、メッセージ、および玄米60㎏と一緒に手渡しました。3名の地区の代表の方は、被災直後からの支援物資の提供に加え、義援金の支援までいただいてと深く感謝され、何度も何度も頭を下げてお礼を述べられました。

 村上代表は、今後も地区の復旧・復興のためにあらゆる支援をおこなっていく、果樹園の復旧作業にボランティアが必要なら支援していきたいと伝えました。


 林田地区でも、地区代表2名が、応対してくれました。ここでも、義援金が全国連など全国の闘う仲間たちからのものであることを伝え、避難生活を続ける地区のみなさんの支援に充ててほしいと、メッセージ、および精米30㎏と一緒に手渡しました。地区代表からは、被災直後からの支援物資の提供や給水支援とともに、この義援金に対して深い感謝の言葉をいただきました。

 全国から寄せられている支援物資や義援金は、確実に被災地区住民の復興支援の力になっています。あらためて災害対策本部からお礼を申し上げます。

今後とも全国のみなさんのご支援とご協力をお願いします。


2017年7月31日 


全国連福岡災害対策本部

第2回災害対策会議開く

(2017年08月07日)

2回災害対策会議開く

 7月28日、第回水害対策本部会議が、朝倉支部・天神町支部、福岡市のきょうだい共闘含め11人で開かれた。

 経過報告が、克明に確認され、次に、全国からの支援物資・義援金(7・28現在)が報告された。

  1. 支援物資

    飲料水167ケース、ポリタンク、ジュースなど、雑貨、即席味噌汁・カップ麺・野菜・スイカ等、米(120㎏)

  ② 義援金   398,534円

  ③ 支援物資の配布状況

     林田地区、杉馬場地区、介護施設に届けた

    

義援金と支援物資の配布について討議・決定した

  1. 義援金の団体名称を「部落解放を闘う全国の仲間たち(代表)村上久義」とする。郵便振替口座は現在なお手続き中。

  2. 1回目の義援金の配布先と金額

   〇 杉馬場地区 20万円。ほとんどが果樹の生産農家。果樹園まで行く道路の復旧費用の一部に

   〇 林田地区 10万円

      同和住宅が壊滅し、避難生活を強いられている住民への支援に

  1. 義援金等の配布

     村上代表から、区長など住民代表に団体のメッセージを添えて直接手渡す

 ④災害対策本部の支援活動に関わる諸経費は義援金から賄う。

 

今後の取りくみについて

  1. これまで飲料水などの現物を重点に支援物資を送っていただいていたが、今後の支援は義援金中心にしていただく。

  2. 重要な生業である果樹園を守るためには、高齢者が多いので義援金だけでなく除草作業などのボランティア活動も行う必要がある。

  3. 長期的な取りくみで、2つの地区とどうつながっていくか模索する。


復興支援ボランティア

(2017年07月23日)

全国連現地災害対策部の呼びかけで、7月16日と17日の2日間、朝倉市杷木町の林田地区で復興支援ボランティア活動が実施されました。
 新聞、テレビでは、多くのボランティアが被災地に駆けつけていると報道されていますが、今回の甚大な被害の復興には、まだまだ圧倒的に人手が足りていません。また、そもそもボランティア支援の受け入れには、事前の登録が必要ですが、その手続きさえ知らない、知っていてもその余裕がない被災者が多く、特に部落にはほとんど支援のボランティアは入っていないのが現状です。
 今回の全国連現地災害対策部の呼びかけに、「困ったときは部落民同士。組織をのり超え、こうした被災の時こそ助け合おう」と二日間で述べ20名の県下の部落の兄弟や労働者がボランティア活動に駆けつけてくれました。また、参加者は、身の回りで集めた義援金や支援物資も届けてくれました。
 今回の活動場所は、地区の中心部から少し離れたKさん宅。幸いにも地区の中心部は、同和対策事業で地盤がかさ上げ工事されていたため大きな被害を免れましたが、それがなかったなら地区は全滅状態になっていたでしょう。実際に、かさ上げ工事がされなかった古い2階建ての同和住宅は、1階部分に土砂や流木が押しよせ、住民は隣保館で避難生活を強いられています。Kさん宅も氾濫した赤谷川のすぐ側で、地盤が低かったために、大量の土砂と流木に襲われました。
 作業内容は、家や小屋の周り一面に60センチぐらい積もった土砂の撤去作業です。土砂を撤去しながら、埋まった家具、自転車、車、農機具の掘り出しも並行して行います。重機が利用できれば楽でしょうが、重機が入らない場所は、スコップや鍬、一輪車を使った手作業しか方法がありません。
被災地は、連日35度を超える猛暑続き。しかも、ボランティア参加者は、全員が決して若くはない人ばかり。大量の水を吸った土砂は、スコップ一杯でもかなりの重さ。30分に一回は休憩と水分補給をしなければ熱中症で倒れてしまいます。最初は、慣れない作業に、一日やり通せるだろうかと不安に思った人も多かったそうです。
また、二日目には大雨警報が発令され、一時避難指示も出されましたが、雨に警戒しながら被災者の家族と一緒になって作業を続行。作業にも慣れ、二日間でかなりの量の土砂を撤去することができました。
   作業終了後の反省会では、「みなさんと一緒に作業を貫徹できたことがうれしかった」「災害被害が出たときに、それを仲間で支えることは大事で素晴らしいこと」などの感想が出されていました。
 二日目の作業中には、地元テレビ局の取材が入り、夕方のニュースで放映されていました。また作業現場が国道386号線沿いのため、通りがかった車の方から「家の片付けの足しにしてください」と大量の手作り雑巾の差し入れもあり、参加者それぞれが元気をもらいました。
 次回の復興支援ボランティア活動は、7月22日(土)と23日(日)の8時~16時に行います。集合場所は、杷木町林田入り口の国道386号沿い、全国連のゼッケンが掲げられた軽トラックが目印です。多くの方のご支援をお願いします。
 参加される方は、事前に村上久義までご一報下さい。

2017年7月21日   全国連現地災害対策部
▲このページのトップにもどる